読み聞かせは、なぜ大切なのか?(3)
フロイトは、意識が認めたくない欲望や負の感情を抑圧して溜めてしまう場として無意識という意識の下にある領域の存在を想定し、様々なヒステリー症状や神経症などを、その理論により理解し治療していくことが有効であることを示しました。ユングは、当初フロイトと同じ立場で無意識を理解し研究を重ね、後年フロイトが考える無意識の下、もっと深いところに人類共通の集合無意識という領域があると考えるに至り、フロイトから離れ、独自の学派を形成しました。
世界中の様々な民族が、その異なる歴史的経緯、地理環境の違いにも関わらず、非常に似通ったテーマやモチーフの神話・民話・昔話などを持っているのはなぜなのか。人類が、共通の心的な基盤を持っていて、そこに働きかける物語が人類共通であるからではないかというのが、ユング派の考えです。無意識の領域は、単なる抑圧された感情の掃きだめではなく、意識に働きかけ、より良い方向へ心全体を導いていく力を持つ深く芳醇な領域なのではないか。昔話・民話・神話などが共通に持つ定型のモチーフ、元型が、人の心に働きかける力というのは、人間が意識する以上に深く大きなものがあるのではないか。それがユング心理学の基本的な考えです。
どうして、それが効くのか、仕組みは解明されていないが、確かに良く効く治療というものが、精神医学の領域では多々あります。ただ受動的に話を聴くだけのカウンセリングにしてもそうですし、オープンダイアログといった患者自身も交えて医師や家族が、胸襟を開いて対話を重ねていくことが、患者自身の癒しに繋がるといった新しい試みも、昨今注目を浴びています。言葉を重ね、物語ることの重要性は、私たちの心の安定にとって、私たちが考える以上に重要なのです。
神話や昔話・民話などを幼い子供に読み聞かせることは、その子の心の深いところに、善悪についてや、この世の中で出会ういろいろな人や事象についての健全な感覚を養い、いざその子が危機的な場面に直面した時に、「自分の判断」を下すことができる基盤をその子の心の中に埋め込んでいくプロセスといえましょう。
例えば「そんなことをしたら先生に怒られるよ、親に叱られるよ」という文脈は、「お前大人が怖いのかよ」という反論に打ち勝つことはできません。ですが「俺は、そういうことするの大嫌いなんだよ!絶対嫌なんだ!」「私は、そういうのは嫌!絶対嫌!」という文脈を覆すことは誰にも出来ません。「私は○○だ!」という心の奥底から湧き上がる強い気持ちを育む養分が、そうした神話や民話・昔話などの物語には含まれているのではないでしょうか。聖書や経典は、だからこそ様々な物語の集積なのかもしれません。
心の深いところに働きかける物語の力というのは、表面的な教訓などではなく、もっと奥深い含意を持ち、無意識に種を植え付けていく大きな物語の力のことを指します。ですから、実際に子どもに読み聞かせをする時には、大人は、そうしたモチーフを気にしたり、物語ることで何かを教え込もうと意識する必要は、全くありません。
読み聞かせをする大人の方も、物語の世界に子どもと一緒に浸って、存分に楽しんで、本を閉じたら、また日常に帰ってくれば良いのです。その物語体験が、あなたの心を癒し、子どもの心を健全に育み、ふたりの間に静かに確かな絆を形作っていくのです。
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